2011年8月14日日曜日

核リテラシー発展途上な日本の原子力問題

 (この記事は2011/3/19に書かれました)

単語 literacy(リテラシー)の本来の意味は「識字能力、読み書きができること」で、次に「教養があること」だが、何かに精通している、使いこなす能力がある、ある対象について的確に理解/分析する能力がある、という意味合いでも利用できる。例えばITリテラシーなら、ITについて的確な知識を持っていること、ITの利用に精通していること、となる。

欧米ではmedia literacy(メディアリテラシー)教育を小・中学生から実施しているというのを、大分前に知った。氾濫するマスメディアの情報から、書かれている内容をどう読み取るべきか、また的確な情報を取捨選択し、どれが正しくてどれが誤っているか、自らの力で判断できるようにするための教育である。こういった教育が行われているのは、それが生きていく上で重要なことである、という社会的なコンセンサスがあるからだろう。

これに対して日本ではどうかというと、言うまでもなく悲惨かつお粗末な現状である。
自分は今回の原子力災害に関連して、日本人の多くがこの問題についてこれまでまともに向き合おうとしてこなかったこと、マスコミや東京電力の広報が垂れ流す「原子力は安全です」というメッセージの内容をろくに深く考えもせず、羊のように従順に受け入れてきたこと、あるいは受け入れるも何も原子力という存在の意味も知らずにきたこと、知ろうともしなかったことが、原発事故そのもの同様に恐ろしいと考えている。

「知らないこと」より、「知ろうとしないこと」の方が始末が悪いのだ。
こんな非常事態が起きていてもなお、多くの一般的な日本人は、この問題について何も知ろうとしない。
以下、買い出しにでかけた都内某所のデパートで聞いた(トイレットペーパーGETした、、、)、
互いに若干高齢な婦人2名の会話。

「放射能とか気にされます?」
「いえ、全然。(!!)あまり騒ぐのもよくないと思うんですよねぇ。
よっぽど大量に飛んで来たら気をつけようかと思ってますけど・・・」
「そうですよねぇ。大げさに騒ぎすぎてもねぇ」

大量に飛んで来たらって、スギ花粉とか黄砂じゃないんだから・・・
となりで空恐ろしさと虚しさを覚えつつ溜息をつく自分がいた・・・

そして、1999年東海村、JOC核燃料再生施設で臨界爆発事故が起きたとき。
アルバイト先のオバチャンは、被曝した作業員について「でも意識はあるみたいよ」と、問題の大きさにまるで気付くこともなく軽く言った。

こう言ってはなんだが、このレベルの人達には放射能汚染がどういうものかなどと、説明しても仕方がないだろう。基礎的なリテラシーがまるごと欠如しているからだ。哀しいことだが、これが現在の平均的日本人の原子力/放射能におけるリテラシーレベルだ。これは、東電や政府が原子力のマイナス面/問題点を覆い隠し、耳辺りがよくどうにでもとれる広告や報道でごまかし続けてきた結果である。

あの事故について知らない人は、調べればいくらでも出てくるので別途調べてもらうとして、大量に被曝して最終的に死亡した作業員のひとりは、全身焼けただれた状態で病院に搬送された。あまりの惨状にショックを受けた看護師から、それでも「大丈夫ですよ、がんばりましょう」と声をかけられた際、不安そうに「私はどうなるんでしょうか?」と聞いたそうだ。

週刊文春か週刊新潮か、その辺りで読んだ。これがどこまで真実に近いのかは分からない。ただし、大量に被曝した患者の様子としては上記のようなシチュエーションは十分リアリティがあるものと言える。
多くの人はそんな悲惨な話は聞きたくないだろうが、「リアル」を知らなければ、本来進むべき道や取るべき行動も、判断しようがない。

災害を引き起こした作業員は原子力や放射能についてあまりに無知であった。その事故のニュースを聞いた多くの一般的な日本人もしかり、である。今現在も、その状況は殆ど変わらない。しかし、私たちは羊ではなく、人間なのである。羊は与えられた草を従順に食べるだけかもしれないが、人間であれば、それが食べていいものかどうか判断するだけの脳みそを持っているはずだ。今、これを読んでいるあなたも。

参考
東京電力が発表した放射線の計測値を、環境エネルギー政策研究所という市民団体が独自にグラフ化し、公表しているとのこと。
ISEP 環境エネルギー政策研究所

同日追記。とうとうこんな事態になった・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110319-00000556-yom-sociより抜粋。

福島第一原発から約47キロ離れた酪農家が16〜18日に生産した原乳から最高で1510ベクレルと、規制値の約5倍にあたる放射性ヨウ素が検出された。
茨城県では高萩市、日立市、常陸太田市、大子町、東海村、ひたちなか市の農家のホウレンソウから最大で規制値の7・5倍の1万5020ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。高萩市のホウレンソウからは、規制値を超える放射性セシウムも検出されている。

それから3月19日付けの読売新聞全般で、日本政府の原発問題における情報開示のあり方に、海外から疑問の声が高まっている、日本政府は情報開示をもっとオープンにし、正確な情報を発信するよう努めなければならない、という論調が目立った。一見政府の対応を批判しているようにとれるが、実体はそんなに単純ではない。

先の論調は、あくまで個人的観測であるが、「情報をオープンにする姿勢を見せることで国民を安心させ、反原発派の論調が活発になるのを防いだ方がいい」という主旨が見え隠れしているからだ。平たくいうと、「ちょっと先生、このままだと日本の原発が海外で疑問視されていることに気がついた一部の国民なんかが騒ぎ出して、マズいことになりますよ。不利なデータかもしれないですけど、一応オープンにする姿勢を見せて国民を大人しくさせた方が賢明ですよ」という感じに婉曲的にアドバイスしているようにもとれる。

これだけの惨事を引き起こしてもなお、大マスコミが「原子力エネルギー推進ありき」の姿勢でいることにかわりないのである。そもそも、東京電力が大事なスポンサーである大マスコミが正面きって原子力政策を批判すること自体、まずありえないわけだが・・・