2011年8月14日日曜日

終わらないチェルノブイリとFukushimaの未来

 (この記事は2011/04/01に書かれました)

何日か前から、福島原発付近で高濃度の放射能海水汚染が報告されている。
政府筋の説明は「海水は飲むものじゃない(から大丈夫だ?)」「希釈されるから問題ない」など、相変わらず「あなたこそ大丈夫か」と言いたくなるようなとんちんかんなものばかり、である。放射能汚染とそれに対応する政府筋の両方とも、「大丈夫」には程遠い状況には違いない。(不安を煽る意図はない。個人的観測である)

新聞やテレビでは報じていないようだが、確か2日ほどまえ、スイスや英国など欧州で福島原発由来と思われる放射性物質が観測されたと、ネットニュースで見た。これを読んだ時「あぁ、とうとう・・・」と、目の前がグレーになる気がした。放射能汚染はこのように、地球規模に渡るのである。チェルノブイリ原発事故の際も、はるか日本まで放射性物質は渡ってきた。どちらにしても測定値は定かではないが、今回チェルノブイリと逆のことが起こったということは(つまり日本から欧州へ)、事故の規模を物語っていると言えないだろうか、、、

今月は1986年4月に発生したチェルノブイリ原発事故からちょうど25年目にあたる。
福島での事故災害直後(まだ終わってないが)ということもあり、注目が高まっているようだ。このタイミングの符号がまた意味ありげでちょっと不気味でもある。。

さておき、またまたソースは「官御用」読売新聞ではあるが、記録しておきたい記事が
あったので紹介しておく。3月27日付けの記事「事故炉 終わらぬ後始末 – チェルノブイリ 来月25年」より。

かいつまんで概要を述べると、再び原子の火がともることのない発電所を封じ込めるために
15億ユーロ(約1700億円)の巨費が必要で、かつ25年たってもなお、「後始末はまだまだ続く」状況ということだ。現在も半径30キロメートル以内の地域は居住が認められていない。原発付近では現在も、市街地の60倍のガンマ線値が計測される。しつこいが25年後の今、である。

発電所の近くに住んでいた現在初老のある男性は、事故後現場の処理に動員され、防護服も
支給されず5年働き被曝。心臓などの健康障害で倒れたが、被災者年金も満額もらえていない現状だ。このくだりを読むと、「大人には健康被害がなかった」とする多くの国内メディアや専門家の話とすでに全然違っている。(ね、だから言ったでしょ)
「国を救うためと言われ作業に加わったのに、倒れたら用なし。悔しい」と涙をこぼした。

統計や表立ったニュースには登場しない、この人と同様/類似のケースは数多くあるのだろう。なお国連の試算では、事故に起因する死者数は将来分も含めて約4000人ということだ。

ウクライナ農業省のアレクサンドル・ジェトフ放射能検査部長の言葉。
「放射能汚染との闘いは長く続く。私たちが得た経験をフクシマの人たちと分かち合い、ともに闘っていきたい」

原子炉の安定さえ確保できていない現在、マスコミが垂れ流す目先の情報をただ受け取るだけの多くの日本人は、遠い将来のことにまで思いを寄せられない、あるいは考えたくないかもしれない。しかし「放射能汚染との闘いは長く続く」。残念だが、これは日本人が直視しなければならない言葉である。(、、、パーソナル見地で言えば、自分はもう覚悟を決めたが、、、)

そして、翌28日付けの記事では。
原則居住禁止である半径30キロメートル以内の「除外区域」に戻って生活している被災者が、何人かいるそうだ。(推定100人以上)
その中の一人、ある高齢の女性は事故後半年後に隠れて避難先から故郷に戻り、以来当局の説得には応じず、自宅で暮らし続けている。原発事故との関連は不明だが身体の不調を訴えることがあるそうだ。なおこの除外区域では現在も「茶色いキュウリができるなど、今も放射能の脅威は明白」とのこと、、、そんな中でも彼女は「家に帰れて幸せ」と言い切る。

世界保健機構(WHO)は「被災者にとって、避難は放射能被害以上に深い心の傷を残す
経験だった」との調査結果をまとめている。

福島原発の避難区域では、避難したくても出来ない事情を抱え、陸の孤島で見捨てられた
状態で日々を送る人々が、今も現実にいる。紹介した石井苗子氏のブログに、「助けてください」というコメントがあった。あの人達は、今どうしているだろう。救助されていればいいのだが。。また原発10キロメートル以内の区域で発見されたある被災者の遺体は、放射線量が強すぎて区域外に運ぶことすらできない状態だったという。

日本のどこかで、そんな古くさい近未来SF映画のような光景が今現実に存在するなんて、一ヶ月前に誰が想像しただろう?

大げさな書き方はしたくないが、震災後3週間たった今も、私たちが重大な局面にあることは間違いない。重大な歴史の一コマにいる、とも言える。Fukushimaの25年後は、どうなっているだろう。いや、私たちは、Fukushima後の歴史を、どのようにつくっていけるだろうか。

補足:チェルノブイリ原発事故の被害、公式発表一部
緊急作業にあたった50人が死亡(IAEA調べ)
がん死者9000人と予測(WHO)